マルチクラウド戦略により、企業は、複数のクラウドにまたがるサービスを選択することで、ビジネスのレジリエンスを強化し、デジタル トランスフォーメーションの目標を達成することができます。

マルチクラウドとは、一般的に、組織が、特定のビジネス ニーズや顧客の要望に対応するために、パブリック クラウド プロバイダのクラウド コンピューティング サービスを利用するアプローチを指します。マルチクラウド戦略は、オンプレミスのプライベート データ センタやエッジ ロケーション、さらにはパブリック クラウド プロバイダ1社内の最適化まで拡張することができます。それにより、組織は、デジタル エクスペリエンスを強化するための最適なサービスと機能を選択でき、事業継続性や運用の安定性および安全性の向上につながります。マルチクラウドは、複数のクラウド プラットフォームにワークロードを分散し、パフォーマンスやセキュリティの問題を軽減するために包括的に可視化することで、組織のレジリエンスを大幅に高めます。このアプローチにより、組織は、より広範なサービスを利用できるようになりますが、一貫したセキュリティ体制の維持という点では、本質的な複雑さが生じます。

マルチクラウドの主な特長

マルチクラウドのコンピューティング、ネットワーキング、アプリケーション デリバリ、セキュリティの主な概念と特長を次に示します。

  1. 一元管理:疎結合された異なる環境にわたりガバナンスやトラブルシューティングをサポートするためのダッシュボード、レポート作成、ログなど。
  2. コア サービス:ネットワーク、セグメンテーション、サービス挿入、トラフィック ステアリングなど。
  3. 高度なサービス:ロード バランシング、コンテンツ デリバリ ネットワーク(CDN)、Web Application Firewall(WAF)、ゼロ トラスト ネットワーク アクセス(ZTNA)など。
  4. ワークロードのポータビリティ:これにより、必要に応じてクラウド プロバイダ間で簡単にワークロードを移動したり、オンプレミスにワークロードを戻したりすることができます。このポータビリティは、通常、コンテナ化や仮想化の技術を利用して実現され、ワークロードは、複数の異なるクラウド プラットフォームで一貫して実行できます。そのため、アプリケーションやデータの導入場所を選ぶ際の柔軟性が高まります。
  5. データの統合とウェアハウス化:これにより、オンプレミス データ センタ、さまざまなクラウド プラットフォームなどの複数のソースから得たデータを、一貫した一元的なデータ ストアに統合できます。これは、重要なインサイトを得て、より多くの情報に基づいた意思決定を行うのに役立ちます。
  6. セキュリティ対応の向上:複数の異なるクラウド環境にわたりセキュリティ対策をアズアサービス モデルで実装することで、検知と修復の機能を向上させることができます。
  7. エコシステム統合:高度なアプリケーション デリバリ機能やセキュリティ機能、L7ゲートウェイ、ソフトウェアの開発および導入のための自動化ツールなど。

これらの機能を活用することで、企業は、コスト効率化、レジリエンスの向上、俊敏性の強化によりクラウド戦略を最適化できます。

マルチクラウドとハイブリッド クラウドの比較

マルチクラウドとハイブリッド クラウドはどちらも、複数のクラウド プラットフォームを使用するクラウド コンピューティング モデルです。しかし、これらの2つには、次のような重要な違いがあります。

  • ハイブリッド クラウドは、オンプレミスまたはプライベート クラウド インフラストラクチャと1社以上のパブリック クラウド プロバイダを組み合わせて利用します。オンプレミス インフラストラクチャとパブリック クラウドは統合され、シームレスに連携し、必要に応じてそれらの間でワークロードを移動します。
  • マルチクラウドは、目的に合わせて複数のクラウド プロバイダのサービスを利用します。例えば、データ ストレージにあるプロバイダを使用し、アプリケーション ホスティングには別のプロバイダを使用します。ワークロードは、これらのプロバイダに分散され、相互に統合されている場合も、統合されていない場合もあります。プライベート クラウド、パブリック クラウド プロバイダ1社、エッジ ロケーションで構成されるマルチクラウドもあります。

マルチクラウドは、ハイブリッド クラウドよりも柔軟性に優れており、企業の次のようなシナリオに適しています。

  • 広範なサービスと機能を利用する。複数のクラウド プロバイダがさまざまなサービスと機能を提供します。複数のプロバイダを利用することで、各プロバイダが提供するサービスの中から、最も適したものや最も手頃なものを利用することができます。
  • 規制やコンプライアンスの要件を満たす。規制やコンプライアンスの要件の中には、企業に対して、特定のクラウド プロバイダの利用や、特定の地域へのデータの保管を求めるものがあります(例えば、EUの一般データ保護規則(GDPR)のデータの保管場所に関する条項)。マルチクラウドを利用すると、こうした要件を満たしながら、クラウド コンピューティングのメリットを活かすことができます。
  • レジリエンスと冗長性を強化する。複数のクラウド プロバイダにワークロードを分散すると、レジリエンスと冗長性を強化でき、パフォーマンスの低下やダウンタイムのリスクを軽減できます。さらに、事業継続性を確保するための災害復旧戦略の一環として、1つのパブリック クラウドを、別のクラウドのバックアップとして使用できます。

マルチクラウドのメリット

マルチクラウドでは、柔軟性が増すため、組織は、パフォーマンス、コスト、コンプライアンス、地理的場所という観点で自社のニーズに最も適したクラウド プロバイダを選択できます。例えば、コンピューティング負荷の高いワークロード向けに高パフォーマンスのコンピューティング機能を提供するクラウド プロバイダを選ぶことも、データ分析や人工知能向けの特別なサービスを提供するクラウド プロバイダを選ぶこともできます。異なるワークロードに異なるクラウド プロバイダを利用することで、リソースの使用状況を最適化し、コストを削減できます。また、複数のクラウド プロバイダを利用することで、ベンダー独自の変更やポリシーに起因する、望ましくないサービスの制約などの問題に縛られるのを回避できます。

さらにマルチクラウドでは、データやアプリケーションを複数のクラウド プロバイダや地域に分散できるため、災害復旧能力を強化できます。これにより、冗長性やフェイルオーバー機能を備えることができ、自然災害、サイバー攻撃、人為的ミスの影響を軽減できます。障害や機能停止が発生した場合、ワークロードを自動的に別のクラウド プロバイダに移行して、事業継続性を確保することができます。

マルチクラウドの課題

複雑さ、セキュリティ、ガバナンス、コンプライアンスなどの課題に対応することは、マルチクラウド戦略の成功に不可欠であり、ITチームやビジネス チームなど、組織内の複数の関係者との連携を含む、包括的なアプローチを必要とします。

例えば、複数のクラウドにわたるワークロードやアプリケーションの管理は、複雑化したり、特殊なスキルやツールが必要になったりします。これが、運用コストの増加、統合の課題、潜在的なパフォーマンスの問題を引き起こしかねません。さらに制御やログの違いにより可視性が損なわれ、トラブルシューティングやインシデント対応が遅れる可能性があります。また、クラウド プロバイダによって使用するAPIやデータ形式、プロトコルが異なり、複数のクラウドにまたがるデータやアプリケーションの統合や管理が困難になる可能性もあります。

同様に、マルチクラウド環境では、複数のセキュリティ ポリシー、アクセス制御、データ保護対策を管理しなければならず、セキュリティ侵害、データ損失、規制の非遵守といったリスクが増大する可能性があります。これは、クラウド プラットフォームごとに責任モデル、基盤テクノロジ、有効性が異なることが要因です。

また、マルチクラウド環境では、複数のサービスレベル アグリーメント(SLA)、契約、請求モデルを管理し、さらに異なる規制要件を遵守しなければならず、ガバナンスの問題が生じることもあります。

こうした課題に対処するため、組織は、一貫したセキュリティおよびインフラストラクチャ ポリシー管理機能を備えたクラウド管理プラットフォームや専用のネットワーク ソリューションを利用して、マルチクラウド環境の一元的な可視化、制御、自動化を実現できます。これらのプラットフォームを使用することで、複数のクラウドにわたりワークロードやアプリケーションを管理し、リソースの使用を最適化し、セキュリティとガバナンスのポリシーを適用することができます。マルチクラウド ネットワーキング サービスは、クラウド リージョン間と複数のクラウド プロバイダ間でシンプルかつ安全な接続を提供します。これらのサービスは、リンクやネットワーク サービスのプロビジョニングを自動化し、サイトやプロバイダ間のエンドツーエンドのオーケストレーションを行うことで、複雑さを軽減し、運用を簡素化します。

マルチクラウドのベスト プラクティス

組織がマルチクラウド アプローチの採用を検討する際のヒントとベスト プラクティスをいくつかご紹介します。

  1. 適切なクラウド プロバイダを選ぶ。ビジネスの目標や要件に合ったクラウド プロバイダを選択し、サービスの選択肢、機能、価格、サポート、評判、エコシステムなどの要素を検討します。また、選択するクラウド プロバイダの相互運用性や互換性も考慮します。
  2. 複数のクラウドにわたりデータやワークロードを管理するための戦略を策定する。クラウド ストレージ ゲートウェイ、データ統合プラットフォーム、コンテナ オーケストレーション フレームワークなど、データの複製、バックアップ、リカバリのソリューションやツールを使用して、複数のクラウドにわたりデータやワークロードを管理します。
  3. 一貫したセキュリティとコンプライアンスを確保する。IDおよびアクセス管理(IAM)、暗号化、脅威の検知と対応、コンプライアンス監視など、一元管理されたセキュリティとコンプライアンスのフレームワークやツールを使用し、複数のクラウドにわたって一貫したセキュリティとコンプライアンスを確保します。
  4. クラウド管理プラットフォームを使用する。マルチクラウド環境を一目で把握できるクラウド管理プラットフォームを使用します。このプラットフォームは、複数のクラウドにわたるプロビジョニング、監視、請求、ガバナンスをサポートしているものにします。

マルチクラウド戦略

デジタル化の速度と、運用の安定性と安全性を両立させることが難しくなる中、マルチクラウド戦略の人気はますます高まっています。マルチクラウド戦略により、柔軟性、俊敏性、スケーラビリティ、レジリエンスを向上させることができます。

ただし、マルチクラウド戦略の採用は、慎重に計画し、実施する必要があります。重要なのは、明確なビジネス目標と要件を定義し、複数のクラウド プロバイダの機能と制約を評価し、それらを既存のシステムやワークフローに統合する最善の方法を見極めることです。また、複数のクラウドにわたりデータやアプリケーションを適切に保護、管理、監視し、セキュリティおよびコンプライアンス対策をすべてのクラウド プロバイダ間で一貫したものにするためにも、慎重な計画が求められます。

効果的なマルチクラウド戦略には、テクノロジ、ガバナンス、運用を網羅する包括的なアプローチが必要です。それには、クラウド プロバイダ間のポータビリティと相互運用性を確保するために標準的なAPIとテクノロジを利用し、各プロバイダの強みを活かしたクラウドネイティブのアーキテクチャを採用し、マルチクラウド環境を一目で把握できるクラウド管理プラットフォームを使用する必要があります。

マルチクラウドのユース ケース

マルチクラウドにはたくさんのユース ケースがありますが、最も一般的なものを3つご紹介します。

  • レジリエンスと冗長性を強化する。マルチクラウド導入では、複数のクラウド プロバイダにワークロードを分散することで、レジリエンスと冗長性を確保できます。クラウド プロバイダで機能停止が発生した場合、別のクラウド プロバイダにトラフィックをリダイレクトできるため、ダウンタイムや中断を最小限に抑えられます。
  • コストの最適化。マルチクラウド導入では、ワークロードごとに最もコスト効率の高いクラウド プロバイダを選択して、クラウド コストを最適化することができます。クラウド プロバイダによって価格モデルやコスト構造が異なるため、ワークロードごとに適切なプロバイダを選択することで、コストを削減し、ROIを改善することができます。
  • データ主権とコンプライアンス。マルチクラウド導入では、特定の地域にデータの保管場所を提供して関連規制を遵守しているクラウド プロバイダを選択することで、データ主権とコンプライアンスの要件を満たすことができます。複数のクラウド プロバイダを利用することで、適用される法規制に従ってデータが保管され、処理されることを保証できます。

マルチクラウドの今後

マルチクラウド コンピューティングは、複数のクラウド プロバイダの強みを活かし、ITインフラストラクチャを最適化できるため、組織にとって大きな可能性を秘めています。マルチクラウド コンピューティングの採用により、プロバイダ1社への依存を軽減し、レジリエンスを強化し、ワークロード管理で高い柔軟性を確保することができます。

クラウド プロバイダが継続的にイノベーションを推進し、新しいサービスや機能を投入しているため、マルチクラウド コンピューティングは、今後数年間はさらに進化していくことが予測されます。マルチクラウド コンピューティングの新しいトレンドをいくつかご紹介します。

  • サーバーレス アーキテクチャ。サーバーレス コンピューティングでは、インフラストラクチャを管理することなくアプリケーションやサービスを運用できるため、ますます人気が高まっています。マルチクラウド コンピューティングにより、企業は、複数のクラウド プロバイダにまたがってサーバーレス アーキテクチャを利用でき、各プロバイダが提供する最適なサービスと機能を活かすことができます。
  • エッジ コンピューティング。データ ソースの近くでデータを処理し、アプリケーションを実行しようとしている企業の間で、エッジ コンピューティングの人気が高まっています。マルチクラウド コンピューティングを使用すると、さまざまな地理的場所に複数のクラウド プロバイダにわたってエッジ コンピューティング ソリューションを導入できるため、パフォーマンスを最適化し、アプリケーションのレイテンシを削減することができます。

マルチクラウド アプローチは俊敏性、柔軟性、レジリエンスの向上を可能にするため、このアプローチを検討することは企業にとって重要です。複数のクラウド プロバイダを活用することで、企業は特定のパブリック クラウド プロバイダの制約に縛られることなく、特定のワークロードに最適なサービスや機能を選択することができます。

F5は、マルチクラウドの導入を加速させ、運用の複雑さを軽減するための、マルチクラウド アプリケーション サービスと管理ツールの包括的なセットを提供しています。F5のサービスは、プログラム制御とAPIへのアクセスに優れ、既存の自動化・デリバリ システムとの統合が可能です。F5のマルチクラウド アプリケーション サービスの詳細については、こちらのリンクをご覧ください。